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Story
物 語
一八四三年のクリスマス・イブ。その晩、ロンドンの片隅では、一風変わったクリスマス・パーティーが繰り広げられようとしていた。ディケンズ家の屋根裏部屋に集まった面々は、今をときめく人気作家チャールズ・ディケンズとその家族、そして親しい友人たち。これから書きかけの『クリスマス・キャロル』を上演するという。主役スクルージを演じるのはもちろんディケンズ。がらくたの小道具や、間に合わせの衣裳で身繕いをしたにわか俳優たちに取り巻かれ、お馴染みの物語が始まります。

即興劇風の
『クリスマス・キャロル』
演出/村田元史

物語は単純。ある強欲な爺さんがそれまで生きてきた自分の過去を見つめて改心するというお話。世界中にはきっとディケンズのこのお話を舞台用に書きかえた台本が何百とあるでしょう。私の手元だけでも10冊近くあるのですから。台本によって上演形態に色々と違いはあるものの「強欲な爺さんの改心」という本筋が変わることはありません。それを変えてしまってはディケンズ原作の「クリスマス・キャロル」ではなくなってしまうでしょう。
今回の趣向は、作者ディケンズが家族や友人を使って物語を〈演じながら〉作り上げるというもの。役をふられた家族や友人たちにとって、話がどう発展して行くのかは未知数です。想像力のおもむくまま、自由な展開が許されているのです。出来上がった作品を演じるというより即興的に演じながら話を作り上げて行くことが要求されます。先を知らないで演じるというのは即興の世界であり、こんな楽しいことはありません。役者にとってもこれこそ演技の原点であり、〈先を知らないことにして〉まわりの登場人物の言葉に耳を傾けることが自分を舞台上で生かしてくれることにもなるのです。
今回の台本では、ディケンズの「クリスマス・キャロル」は作者ディケンズの想像の中での出来事ととらえることもできます。本当は家族や友人を使って演じたのではなく、すべてはディケンズの頭のなかの出来事という具合に。そう考えていただいてもいいですし、いや、やっぱり家族や友人を使って演じたのだと考えていただいても一向にかまいません。大切なのは、「強欲な爺さんの改心」の物語を観客の皆様にお届けすることです。

演出●村田元史(むらだがんし)
一九六五年より現代演劇協会に所属。劇団雲から昴にわたり数多くの舞台を手掛けてきた。この秋は新生『アルジャーノンに花束を』の演出に加わり、独白の視点を持って新たな評価を得たところである。最近の演出に『オセロー』『じゃじゃ馬ならし』『リチャード二世』『修道女』『明暗』などがある。また、劇団の海外交流に果たしてきた役割も大きく、一昨年に米国ミルウォーキー・レパートリー・シアターのジョセフ・ハンレディと共同演出した『沈黙』は読売演劇賞作品賞を受賞。来年、国内再演と米国ツアーを行う。

 

 

 

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